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「永久機関に挑む人たち」:末席ながら、この俺もナー!

みなさん、こんにちは。

このところ、私は例によってアセンション詐欺師たちや不正選挙ごたくの連中の言い分を眺めては憤慨しつつ、安倍政権の手腕や迅速な対応なども眺めつつ、じっと手を見るという生活をしていた。

もちろん、ここでいう「じっと手を見る」というのは、今後の自分の研究計画を明確にする、という意味である。まあ、いちいち書かないと分からないという人間ばかりになったから一応書くだけでどうでもいいことである。この世の中のだれの金の足しにもならない研究である。

ここにはすでに何度も書いたように、私個人の目標は「生命の理論」を完成することである。言い換えれば、「生命現象という永久機関の熱力学」を完成することなのである。このための方針をずっと考えていたというわけである。もちろん、ここで私が言う「永久機関」という意味は、自動機械といってもいいし、何もしなくても自分で活動して行く組織のことである。生命こそ永久に継続して来た熱力学組織という意味では、もっとも真に「永久機関」に近いものなのである。

なぜそんなことが可能か?

そこを知りたいわけである。おそらく、まだ未知の原理原則がたくさん存在するはずだろうというのが私が10年ほど前に考えた計画であった。そしてこの10年でほぼ大筋が出来たので、それをどんな形、どんなふうに表すか?それを考えていたというわけですナ。

さて、そんな中、「生命の永久機関」にもっとも近いものと言えば、これまた文字通りの「永久機関」である。つまり、「永久に動く機械」である。これが出来るためには、「エネルギーが湧いて来ないといけない」。

「無からエネルギーは湧かない」というのが、近代物理学の原理原則である。不思議なことにこれは生命現象の存在と相容れない。生命こそ、実質的には「エネルギーが湧いている」ことを証明しているようなものだからである。「無から有ができること=生命現象」だからである。

永久機関を研究している人々、円盤や新型のスペースクラフトを研究する人たちは、たいがいUFOを目撃している。彼らは、「空飛ぶ円盤が飛んでいる」=「未知のエネルギー源の存在証明である」と考える。「宇宙人が円盤を飛ばしているんだから、きっと光熱風水火原子力以外のエネルギー源があるはずだ」と考えるのである。これには一理あるも二理もN理もある。

しかしながら、宇宙人が円盤を飛ばすまでもなく、宇宙人が存在するかどうか以前に、我々がここにこうして存在すること、すなわち、永久機関の存在を意味するのだ、というのが、私個人の見解なのである。

この決めてになるのが、「ネットワーク型物理学」と私が密かに命名しているタイプの理論なのだが、今現在の物理理論は「孤立系型物理学」というものである。「開放系型物理学」はまだ端緒にもついていないのである。この孤立系型物理学の金字塔が、いわゆる「エネルギー保存則」と「エントロピー増大則」なのである。

しかしながら、我々はすぐに腹が減るように、常にエネルギーを失う。腹が減っては戦が出来ないように、エネルギーを失えば、致命的になる前にエネルギーを自分でとる。我々は餌を食べ、糞尿を排泄してエネルギーや物資を獲得する。こういったシステムの本質がネットワーク型物理学なのである。

では、いつどこでこれらは分かれたか?

実は、私がこの10年で理解したことは、物理学の最初にガリレオ・ガリレイが「思考実験」というもので、孤立系という概念を生み出した時に最初の分岐点が生じた。そして、19世紀にマイヤーやヘルムホルツやクラウジウスが熱力学を生み出した時に「エネルギー保存則」を確立したのだが、これをもって、ネットワーク型科学は体内で死んだ嬰児のような感じで、科学の体内に吸収消滅したようである。「孤立系物理学」という双子の片一方だけが大きく発展成長したが、もう片方の「ネットワーク型物理学」は生まれる前に消滅したのである。

しかし、そこから生命やUFOのような開放型物理理論、ネットワーク型物理理論を理解しようとすると、ほぼ生きづまり、どん詰まり状態となって、21世紀まで至ってしまったというのが私が分析したことである。まあ、部分的にはそれを補完したり、補うような理論もあるが、あまり本質的ではない。

ちなみに、いわゆるバラバシ流の「ネットワーク理論」のことをここで言っているのではないのは明白だろう。だから一々説明はしない。エネルギーや物質や情報など流出入や生成消滅のある物理理論のことである。

さて、もしある機械に未知の外部(例えば、この空間、あるいは、真空)からエネルギーが湧き出るようなことがあり得るだろうか?(真空とは空っぽの隙間ではない。あらゆるものの存在確率でぎゅうぎゅう詰めなのが、量子力学のいう真空である。確率の海、可能性の海である。)

あまり知られていないが、実はそれはよくあることなのである。

一番有名なものは、「負性抵抗」(R<0)という現象である。半導体の中でトンネル効果を起す時、負の電気抵抗となる。エサキダイオードはこれでノーベル賞を取った。この場合、発熱の代わりに吸熱が起こる。なぜなら、発熱はP=R・I・Iであるから(Iは電流)、抵抗R<0の場合には、P<0となるからである。

回路の場合、出発点から終点は共に電源になる。100Vの電源であれば、最後には0になって戻る。電圧降下である。この場合、中にR<0となる素子があるとどうなるか?そこではP<0となるから、他の発熱素子P>0となる場所では、全部の素子が正の抵抗の場合とは逆になる。なぜなら負性抵抗の場所では電圧が降下するのではなく電圧がアップするから、次の素子はその分余計に高電力を利用できるというわけですナ。これが増幅現象である。

しかし半導体内の増幅現象は実に微弱である。だから、あまりメリットはない。

そこで、何とかして工業的に増幅できるシステムが欲しい。その1つの候補が、放電現象である。

これまたあまり知られていないが、アーク放電、これは溶接する時の放電のことである。このアーク放電の時に、その回路の中でみると、この放電している部分は時に負性抵抗を帯びる。これまたあまりまともに考えられてはいないが、もしアーク放電が完全な正抵抗であったとすれば、放電は発熱する。だから、溶接工はやけどする。しかし、放電部そのものは負性抵抗であるために、温度がそれほど高くはならないのである。

この権化が落雷である。その小型バージョンが、テスラコイルというやつである。テスラコイルの作動中に「ジージー、ビービビー」と雑音がするのは、テスラコイルの底部に仕込まれた「ギャップスウィッチ」という放電部が存在するからである。ここで放電しているのである。ここで放電させることにより、負性抵抗を得て、コイル部に普通以上の高電圧に増幅し、さらにそれを2次コイルで増幅するのである。

とまあ、そんなふうにエネルギーを空間から得るというのは、本当は未知というわけではない。よく知られたことなのである。しかし、負性抵抗というのは、量子力学で言えば、トンネル効果のことだから、あまりよくわかっているというわけではない。量子がトンネルする場合を古典力学的に解釈すれば、トンネルすべき壁からエネルギーを得て、壁のこっちから壁の向こうへトンネルするわけである。放電も似たような事情である。

じゃ、どこからこのエネルギーが湧き出るのか?

もちろん、何もない空間からである。本来何も無い場所に粒子が突然わき出すのだから、情報量が増える。その情報を生み出すにはそれなりのエネルギーが消費ではなく、生成されるのである。情報量が減る場合に、エネルギーが消失する(つまり、発熱する)のであり、情報量が増える場合にはその逆(つまり、吸熱)となる。つまり、冷却されるのである。トンネル効果や放電のような負性抵抗の現象が起こると、そのシステムは冷却する。ひえー、と冷や汗をかく。

そんな装置を実際に作った人、井出治氏。その人の本を最近ずっと勉強していたというわけですナ。以下のものである。
フリーエネルギー、UFO、第3起電力で世界は大激変する 永久機関の原理がすでに見つかっていた
「永久機関に挑む人たち」:末席ながら、この俺もナー!_e0171614_16301234.jpg

この本に関連するものはすでに以下のものでメモしておいた。
ENN・「いま知って欲しいこと」 井出治
フリーエネルギーに挑戦する現代の平賀源内たち:エマモーターの衝撃

もう原発は必要ない?井出治氏のフリーエネルギーの本バカ売れ中!


USO800-まっ赤な真実(ほんと) Vol.2-1/2


USO800-まっ赤な真実(ほんと) Vol.2-2/2


世の中には(我が国にも)ユニークな人たちもいるものだというわけですナ。

追記(1月18日):
上の本でも井出治氏が詳しく論説しているように、いわゆる「クリーンエネルギー」、つまり、電池、風力、水力、火力なども文字通りの「クリーン」ではない。これまでに知られたテクノロジーを基にする限りにおいて、収支効率の最大値は1=100%効率である。普通のテクノロジーではたいていは効率は20%以下である。最大がディーゼルエンジンで30〜40%の効率である。原子力は非常に効率が悪い。火力も似たようなものである。

ところが、井出治氏のインバータは、効率が300〜400%である。これが本来の「クリーンエネルギー」の意味なのである。入力より出力が何倍にもなる。これが「エネルギーが湧く」という意味である。もちろん装置には従来のテクノロジーが使われるから、部分部分には効率の悪いものも含む。それらを総体として超えるだけの超高効率が出せる機械を「永久機関」と本来なら呼ぶのである。なぜなら単に永久に動くだけではクリーンではないからである。我々生物はこの意味ではクリーンではない。

「無からエネルギーを取り出す」、「エネルギーが湧く」

かつて地殻を掘削して地下から石油を取り出したように、この宇宙の真空を掘削して、真空深部からエネルギーを取り出すことが可能だろうか?という話をここではしているわけである。太陽光発電とかお子様ランチの話をしているのではない。あそびじゃねーんだヨ。

おまけ:
放射能汚染物質の処理について、一言メモ。
「核物質に放電してみろ!」
さてなにがが起こるかナ?

おまけ2:
昨夜、ソニーの元社長の
出井
「永久機関に挑む人たち」:末席ながら、この俺もナー!_e0171614_11132795.jpg
を取り上げた番組を在日電通NHKで再度取り上げていたが、ソニーが斜陽になった理由が実に良く分かった。一言で言えば「無知な会社」になったからですナ。まったく今世界(もちろん真に最先端という意味だ)がどうなっているのかまったくご存じない。恐れ入ったヨ。

昔は我が国のどこの会社にもいわゆる「山師」がいた。一攫千金を夢見たり、一発屋を狙うというタイプの人間だ。こういう人たちが存在した。ソニーの井深大、盛田、松下の松下幸之助、本田の本田宗一郎、こういった人たちが山師である。だから、ソニーの最初の研究所には江崎玲於奈が存在した。そこで理科大生アルバイト君の力を借りてエサキダイオードを生み出したのである。

いつしかソニーやナショナルが大企業になると、そういう創業者精神=山師精神が失われ、大企業としてのかっこよさや見た目やネームバリューを目指すようになった。いわゆる「ブランド化」であった。このブランド時代に成長し社長に上り詰めたのが、この出井社長に代表される人々であった。だから、もともとの発想力がない。

発想は経験や知識などどれほど過去に冷や汗をかいたかどうかの蓄積で決まる。失敗こそ成功の母である。失敗が多いほど大きな成功に繋がる。失敗のないもの、失敗を恐れるものからは大発明は生まれない。汗水たらし、それ以上に失敗経験の冷や汗を流す。これを厭わないものからしか本当の成功は得られない。単なる勤勉でもだめ。人のやらないことを行い、例え礎にすらなれなかったとしてもそれはそれでいい。そう思うような知的山師でなれければ、だめなのである。

スティーブ・ジョブズは「あほんだらであれ」と言ったが、私ならこう言う。
「山師であれ」

奇麗なネクタイをし、汚い手作業を嫌いな経営者からは創造的な製造業は土台無理なのである。たいていの発明家の手は汚れているし、偉大な藍染めの職人の手先は染料で藍に染まっている。

どだい出井のような経営者は製造業には不向きなのである。早う引退せヨ。

  by KiKidoblog | 2013-01-17 16:36 | フリーエネルギー

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