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「他に問うのではなく、己に問いかけよ」:まずは自分の無知を知れ!これって自虐的?

他に問うのではなく、己に問いかけよ
−−物理お宅博士


みなさん、こんにちは。

さて、ちょっとだけ私的なことをメモしておこう。

まずは、ここを読むのは結構だが、
疑問があれば、何でもかんでも右にあるブログ内検索をかけろ! →
すべてはそれに引っかかる記事を読んでからにして欲しい、といっておこう。

ごく最近、このサイトのことを知って、調子こいて「ぼけをかました手紙」を送ってくるものがいるが、とにかく私は忙しい。たいていは読まずにゴミ箱行きだから送ってくるなといっておこう。

日本の庶民がインターネットの利用ができるようになったのは、1996年の秋ごろである。私はその数年前の、日本国内でインターネットが誕生する前から富士通や理研でインターネットを使用してきた人間である。私は一般人がネットを使えるようになったちょうどその頃から、我が家のHPを立ち上げ、インターネットを通じて研究を行なってきた。すでにその時代に書いた記事は岩波の科学や物理学会の会誌に載せている。(この話も「インターネット時代の研究のあり方」でブログ内検索)

それから、10数年。私はHP 、掲示板(BBSシステム)、ブログなどずっとやってきた。だから、これまでに書いた記事は普通のページにして数万ページほどある。掲示板時代でも2万ページほどはある。それからブログだけでもすでに10年近い。前のNTTのdoblogはサービス停止になったから、今は見れられないが、現在のexblogになってもすでに膨大な量のメモがある。

だから、すべてはそれを読め!といいたいところだが、それは不可能だろう。数年分の文章を読める人間はいない。

とにかく、今現在のわれわれ日本人の悪いところは、戦後教育の結果である、
「自分に分からないこと=存在しないこと」
という認識法にある。これは、
「自分の知らないこと=存在しないこと」
という認識法がエスカレートした結果である。これはさらにエスカレートして、
「自分の嫌いなこと=存在しないこと」
になり、最終的には、
「自分がそうあって欲しいと願うこと=現実にあったこと=歴史」
となってしまう。これが「歴史捏造」を行う人間や人種の心理である。しかし、こうなったら終わりである。これが韓国人特有といわれているものである。

仮にもし「自分が理解できないこと」があったとすれば、それは「自分が無知だから」にすぎない。そして、どうして無知だったかといえば、「自分が怠けていたから」に過ぎない。したがって、「自分の努力が足りない」と思うべきなのだ。

しかしそういう地道な努力をするのは大変なことだ。自分が努力することから逃げるために、「自分の意見に沿わないことや主張」、「自分の好みに合わない研究や言説」を「それは嘘だ」=「それはデマだ」=「存在しないこと」といって逃げるというわけである。

しかしながら、もしあなたが地道に何かのことをやり遂げよう、何かを知ろうと思って本当に努力している人であれば、そういう人はいつでも自分自身の無力さや無知やふがいないを知るはずである。これがソクラテスがいった「無知の知」=「自分が無知であるということを知ること」の意味である。そしてすべてはここから始まる。

自分が「まだまだだ」、「自分は無知だ」、「このままではまずいぞ」ということを自分のブログに”自戒の念を込めて”、
「いやはや、世も末ですナ」とか、
あるいは、自分はよく分かっているが、まだあいつはまったくわかっていなさそうだなという場合には、
「俺には関係ないがナ」とか、「俺にはどうでもいいがナ」
というような皮肉的に書いているわけですナ。

まあ、俺にはどうでもいいけどナ。

いずれにせよ、俺のことより、己が何をしたいのか? 己の胸に聞け!

ちなみに、我々はガキじゃね〜〜んだから、自分が何したい。自分は何食べたい、自分は何しました、すごいでしょ、なんてことはわざわざまともな人間は書かね〜〜んだよ。そうじゃね〜〜のかい? 

自分がすべきこと、自分がしたい事は、だまって粛々と実現するのが正統なやり方だ。これしたいから、研究費くださいとか、俺、俺だよ、ちょっとしくじったから金をくれ、というようなのは、みんな邪道だ。おれおれ詐欺以外の何ものでもない。

とまあ、自戒の念を込めて、反省の念を込めて、自分自身に問いかけ直したというわけですナ。

いやはや、世も末ですナ。

  by kikidoblog | 2013-05-28 16:01 | アイデア・雑多

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