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戦後最大の科学の危機2:20年以上前から分かっていたことだ!

みなさん、こんにちは。

いやはや、理化学研究所は「理研」と呼ぶが、すでにちまたでは「利権」と呼ばれているようですナ。

一般の人のほうがアスペルガー傾向の強い科学者よりはるかにまともに見える。こんなものがあったのでメモしておこう。
小保方晴子の不正事件が問うもの - 格差社会の分配と秩序と倫理

先週、小保方晴子の論文不正の問題ばかりを夢中になって追いかけていた。釘づけになってネットの中の情報を追いかけた。追悼と慰霊の週であったにもかかわらず、この問題に夢中になり、他のことには関心が向けられなくなっていた。何が問題なのか、どうしてこの事件がそれほど重要なのか、私なりの視角と論点を述べてみたい。最も関心があるのは、小保方晴子がどうしてこのような不正を行ったのか、その動機と心理の真相である。3/14の理研幹部の会見で、調査委員長の石井俊輔は、小保方晴子からのヒアリングの結果として、「画像の切り貼りは、やってはいけないことだという認識がなかった」と説明している。私は、早稲田(理工)の博士論文もコピペだらけだったことが明らかになった3/11に、本人はコピペ論文の不正について何とも思ってなかったのではないかとTWした。これは直観だったが、的中した感がある。小保方晴子が提出した博士論文は、人の想像を超える滅茶苦茶な代物で、単に序論をなすBackgroundの20ページを米国のサイトからコピペしていただけでなく、論文の中で最も重要な、実験結果を示す画像を、何と、コスモ・バイオ社の公開サイトからコピペしていた。さらに、博士論文の第3章の参考文献リストは、台湾の研究者が論文で発表したものがコピペされ、驚くことに、著者名でABC順に並ぶ文献リスト53件が、途中、Pのところで省略され、上から順番に38番目までがコピペされるという凄絶無比なコピペだった。
(以下省略)

まあ、私にしてみれば、こんなことは20年以上前から「こうなるぞ」とわかっていたことである。何度もメモしたように、すでに1990年に最初の論文を書き、1995年には自費出版して議論した。そして、ついでに1995年に
「日本の物理学--明日への展望」に異議あり!: 戦後の日本におけるアカデミズムの問題点
物理学会に送付したのである。この論文は、当時「長すぎるからボツ」という理由で物理学会誌から公表されることはなかった。当時の学会長は、学習院大学の江澤洋博士だった。

そして、まあ、これはあまり人にはこれまで言わなかったことだが、1996年3月末に私が理研を任期満了のための、最後の成果報告会をした席で、その会場で研究成果報告会で審議していた理研の理事たちに、この論文を1人ずつ全員に叩きつけて退職したのである。

その時、当時の理事に理論物理学者の鈴木増雄博士がいたが、私の論文を見て、私が退席する時に後ろを振り返って私の顔をじっと見たのを覚えている。私はにっこりとちょっとウィンクしたんだがナ。

というわけで、この論文には、すでに1995年当時に見えてきた日本のアカデミズムの問題点を痛烈に指摘して、批判的分析と共に、その解決策も提供していたわけである。まあ、「問題は解けていた」というわけである。

それを無視したのは文部科学省の官僚やら、物理学会の唐変木やら、脳天気な政治家やら、権威にあぐらをかいた理研のお偉方だったにすぎない。すでにその頃から明確に今の理研になるべき問題の芽が生い茂っていたのである。

俺は、早急にその悪の芽を摘み取ろうとしたのだったが、運悪く、ここ阿南に幽閉の身となってしまったというわけですナ。

あれから、20年。

結果は、俺が正しかった。

小保方や笹井はそれを見事に証明してくれたというわけである。

そこで、俺ははっきりとこう主張していた。
提案1:Ph.D.は真のブレイクスルーに対してのみ与えること。その代わり、(育英)奨学金は十分な額を与え、期間は最長8年間に延長し、ブレイクスルーのチャンスを増やすこと。
提案2:アメリカなどで普通に行われている、共通試験(Common Exam)、適性資格試験(Qualifying Exam)を大学院に設置すること。
提案3:大学院の博士課程、前期(修士)、後期(博士)の区別を撤廃し、一本に統一すること。
提案4:論文博士制度を撤廃すること。
提案5:大学、大学院はEqual Opportunity/Affirmative Actionを採択すること。
提案6:人事は講座制の上のレベルで行い、助手、助教授の職を教授と独立したものとすること。
提案7:日本物理学会規約に人事におけるインサイダー取り引きと天下りの禁止条項を設定すること。そして違反者には罰則を設けること。
提案8:大学内に、名前付き(冠)教授、Distinguished
Professor、Professor Emeritusなどの(定年のない、死ぬまで勤め
られる)永久職を設置すること。
提案9:大学内にシニア、ジュニア教授制度、研究教授と教育教授の区別を設けること。
提案10:日本の大学は学期、授業構成を欧米型に合わせ、学科単位のトランスファーを国際的に行いやすくし、欧米の9月入学6月卒業に合わせること。日本人が海外で取得した学位を認めること。
提案11:学生に指導教官を選択する自由を認めること。
提案12:教科書の選定は学部(あるいは学科)レベルで行い、欧米一般の共通レベルに合わせること。
そして委員会メンバーは5人まで増し、他分野、他大学の教授も含められるようにすること。
提案13:日本の大学、大学院は講座制度、研究室制度を廃止すること。
提案14:日本の大学、大学院は、理系、医系、文系の分野に限らず、同一の大学、大学院システムに統一すること。

この赤い字の部分を行うだけで、かなりの効果が期待できる。

あまり知られていないが、欧米の大学では「博士論文に関しては、他人が手伝ってはいけない」ことになっているのである。そういう法律がある。指導教官はアドバイスできるが、作業を手伝ってはならないのである。だから、私はPhD論文を作成するのに丸1年かかったのである。みなさんそのくらいは時間をかける。したがって、大学側は臨機応変にでき次第卒業できるようにしてある。小保方早稲田のように、3月に卒業するから、それに適当に間に合わせるというようなことは不可能なのである。

また、富士通時代に上司の部長クラスにいたが、論文博士になるために、会社の部署の女の子たちをフル動員して、タイプさせ、図やグラフを書かせ、その結果としての論文博士を自分の称号にできる。こんなことは欧米ではありえない。これまた違法行為となっている。

まあ、甘っちょろいのが日本である。が、その甘さは在日韓国人系の気質から来ているものである。日本人であっても古代に朝鮮半島から来た人間の気質である。サムライにみるように、本来の日本人は非常に厳しい民族である。悪いことをすればぶん殴るのは当たり前。良いことをすれば褒めるのも当たり前。そういう文化圏である。悪いことをして殴れば、それは体罰だなんていうのは笑止千万。朝鮮人のクウォリティーである。だから切腹まであった。福島第一を爆破させた首相だったのに、その菅直人や枝野幸男を切腹させないなんていうのは、朝鮮人クウォリティーである。

ところで、私は1989年度のユタ大学物理学科の「顕著な大学院生賞」に選ばれた大学院生だが、日本で言えば、その年度の「総代」にあたるかもしれないが、そんな私でも日本に帰国して富士通に入れば、日本の最終学歴の修士扱いを余儀なくされたものである。給料はすべて日本の修士取得者であって博士扱いではなかった。

これが文部省が長年やってきたことである。欧米のノーベル賞級の学者の下で博士になっても、帰国すれば、大卒や修士扱いになるわけである。だから、海外留学組の出世は遅れるのが普通である。

一方、小保方のようなやり方だと、アメリカの大学のネギ(理研の研究費)を背負ったカモ(客人)だから、日米双方から高待遇を得られるわけである。理研から出張費+給料+研究費。相手からもポスドクの給料などを得られるのである。そして日本に帰れば、インチキ博士でも博士の給料をもらえるわけですナ。

にも関わらず、脳天気な文科省の
下村大臣(たぶんこいつは在日)
戦後最大の科学の危機2:20年以上前から分かっていたことだ!_e0171614_19215276.jpg

お前に残された仕事は早稲田を解散することだけだ!
は、「もっと日本人の若者が海外に留学して欲しい」というような理不尽なことをおっしゃるというわけである。世間知らずにも程がある。この下村大臣も今回の理研の責任をとってもらって辞任してもらうべきである。国賊である。

早稲田は、ここでは「馬鹿田大学」と揶揄しているが、その理由が今一般の人たちにも分かったのではなかろうか?だいたいスポーツ馬鹿田大学にすぎない。創立者の
大隈重信
戦後最大の科学の危機2:20年以上前から分かっていたことだ!_e0171614_18511446.jpg
が墓の中で泣いているに違いない。「こんな馬鹿田大学を作った覚えはない」とナ。

まあ、在日韓国人に乗っ取られたら最後、「法則が発動」するのである。早稲田であろうが、慶応であろうが、例外はない。現代クロマニオン人にまだ達していないスンダランドの前期人類がその先祖にいるわけだから、脳みそがあっちむいてホイしているわけである。これは遺伝子の問題なのである。文化は遺伝子の発露にすぎない。

とまあ、そういうふうに、この問題は20年以上前から大問題だったが、その解決を延ばし延ばしにしてきて、ついに崩落した。これが真実のところでしょうナア。

一気に奈落の底に崩落して崩壊するはずである。これは運命である。避けようはない。一端は全部崩壊して初めて新しい芽が生えれたら生える。おそらくそういうものだろうと俺は見ているがナ。

もう5年毎、10年毎に同じことを論じているが、まったく変化や改善の気配もなかったからナア。

理研もまた地獄に落ちるのだろうナア。ご愁傷さまですナ。

くわばら、くわばら。




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  by kikidoblog | 2014-03-26 19:14 | マスゴミ

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