コピっとやれし!中園ミホさん!:捏造の手口はウリナラファンタジーそのもの!?
ちょっと前に
「花子とアンナカ」:朝ドラ花子の本名が安中、ASKAの薬物がアンナカだった!の中で、「最初にメモしたように、この人の作品の作り方には非常に特徴、それも韓国人的メンタリティーがでているから、それについては、後々にするが、」とか、「この後半の人物に関してはまた後々にして、」とか、メモしていたが、今回は忘れない内にこれをメモしておこう。
結論から先に言うと、この中園ミホという脚本家のやり方は、いわゆる韓国人のよくやる「ウリナラファンタジー」の手法と同じものだ、ということである。
中園ミホの経歴では、この人は広告代理店(たぶん電通)時代に、脚本講座(これもたぶん電通のもの)で勉強したとある。
中園ミホ
中園 ミホ(なかぞの ミホ、1959年7月16日 - )は、日本の女性脚本家。東京都中野区出身。
本名は中園 美保(読み同じ)。日本大学芸術学部卒。2010年度から日本大学芸術学部客員教授を務める。
大学卒業後、広告代理店に入社。社の同僚がシナリオ講座に申し込んだものの行けなくなったため、その代わりとしてノートをとるため、シナリオ講座に参加した。
ここで習得した技法、これがウリナラファンタジーの方法だったと考えられる。そして、その後これを使って、有名脚本家になったのだろうということになる。
はて?韓国人はどうやって「ウリナラファンタジー」を作るのか?
はて?中国人はどうやって「アルアルファンタジー」を作るのか?
というと、これが以前
人類正史が記されたオーパーツ「竹内文書」:倭国は日本じゃなく朝鮮のことだった!にメモしておいた、「三国志」の著者であった、支那人の陳寿(ちんじゅ)のやり方そのものなのである。つまり、以下の部分の手法である。
さて、その陳寿はこう書いていたという。倭人の記事の筋書きは全部間違っているから、倭人の記事から実態を得ることはできない。仮に倭人の記事にある倭国の方へ向かって行ったとしても、倭人の記事にある倭国を見ることができない。だから、倭人の記事には罪がないのである。倭人の記事は、架空の倭国をもって朝鮮と同じものとみなし、実在している朝鮮を陰の存在にした。だから、倭人の記事と韓の記事とは、文章全体が裏腹の関係において一致している。
これと同じことを「スタップ細胞」でやってしまったのが、理研の小保方晴子とボスの笹井博士。これである。
おまけ:
ちょっとジョークとして追加しておこう。上の倭人の記事の筋書きは全部間違っているから、倭人の記事から実態を得ることはできない。仮に倭人の記事にある倭国の方へ向かって行ったとしても、倭人の記事にある倭国を見ることができない。だから、倭人の記事には罪がないのである。の部分の「倭人」の部分をすべて「STAP細胞」としてみよう。すると、こうなる。STAP細胞の記事の筋書きは全部間違っているから、STAP細胞の記事から実態を得ることはできない。仮にSTAP細胞の記事にあるSTAP細胞の方へ向かって行ったとしても、STAP細胞の記事にあるSTAP細胞を見ることができない。だから、STAP細胞の記事には罪がないのである。まさに小保方さんと彼女を弁護する弁護士の意見と一致する。つまり、半島人特有のメンタリティーですナ。
同様に、もう一つの倭人の記事は、架空の倭国をもって朝鮮と同じものとみなし、実在している朝鮮を陰の存在にした。だから、倭人の記事と韓の記事とは、文章全体が裏腹の関係において一致している。も、「倭人」の部分をすべて「STAP細胞」として、「朝鮮」を「ES細胞」と変えると、こうなる。STAP細胞の記事は、架空のSTAP細胞をもってES細胞と同じものとみなし、実在しているES細胞を陰の存在にした。だから、STAP細胞の記事とES細胞の記事とは、文章全体が裏腹の関係において一致している。いや〜〜面白い。まさにそういう趣旨の論文でしたナ。
つまり、この手法は、次のようなものである。
(1)実在している歴史・人物・固有名詞等を「ひな形」にして、それを貸借対照法のようにして、左右に欄(コラム=列)をつくり、すべて真逆に置き換えていく。そういう手法である。
(2)そして、モデルを左にとったとすると、右の欄には、また別のものから良さそうな名前をとってきて貼り付ける。
(3)そして、左右の関係はすべて「裏腹」=「真逆」の関係にする。
これであなたも立派な脚本家である。ウリナラファンタジー作家になれるにちがいない。
左欄に「ES細胞」、右欄に架空の「スタップ細胞」をもってきて、ES細胞のストーリーを全部真逆にして、実在するES細胞を影に変えて、存在しないはずのスタップ細胞を実在化する。こうやれば、小保方−笹井論文が誕生するのである。
同様に、今度は、左欄に実在した村岡花子をとり、右欄に実在しない安東花子をとる。そして、実在の村岡花子は非常にしっかりしたクリスチャンの父親だったために、良い教育をということで女学校に入れた本当の歴史をすべて逆転して、そこへ西洋の名作、モンゴメリの『赤毛のアン』の「アン」のストーリーを入れ込む。
なぜなら実在の村岡花子、旧姓「安中はな」は、元々「敬虔なクリスチャン一家」にその洗礼を受けて生まれたのである。以下のもの。
村岡花子花の場合は、父親が宗教家兼社会運動家のクリスチャンだったために、そのつながりで東洋英和女学校に入学できたのである。
生い立ち[編集]
山梨県甲府市の安中逸平・てつ夫妻の長女として生まれる。本名は村岡 はな(むらおか はな)、旧姓:安中(あんなか[1][2])。クリスチャンである父の希望により、2歳でカナダ・メソジスト派の甲府教会において小林光泰牧師より幼児洗礼を受ける。父の逸平は駿府(静岡県)の小さな茶商の家に生まれ、茶の行商中にカナダ・メソジスト派教会に出入りするようになり、熱心なクリスチャンとなる。布教の流れで甲府に移り住み、そこで出会ったてつと結婚してその実家に住むようになる。教会での交流で新しい文化の影響を受けた逸平は、利発な長女のはなに過剰なほどの期待をかけた。
常識にとらわれず商売そっちのけで理想を追い求める逸平は、妻の実家や親戚と揉め事が絶えず、はなが5歳の時にしがらみを断って一家で上京し、南品川で葉茶屋を営むようになる。城南尋常小学校に通うはなは、心象風景を短歌で表現し句作をして詠んでは楽しむ幼少期を過ごした。その頃、社会主義活動に加わった逸平は特に教育の機会均等を訴え、娘の才能を伸ばすべく奔走し、1903年(明治36年)、学校創設者との信仰上の繋がりから、10歳のはなを東洋英和女学校に給費生としての編入学を実現させる。一方、家族の生活は困窮しており、8人きょうだいのうち高い教育を受けたのは長女のはなのみで、他の弟妹は次女と三女を残して皆養子や奉公などで家を出されている。はなの入学は、弟妹たちの犠牲の上に成されたものであった。
すべてはこんな按配である。
これがウリナラファンタジー作家の手口であると考えられるわけですナ。
ところで、問題なのは、最近の韓犬
NHKは、どうして日本人を汚く演出するのか?どうして薄汚く描くのか?
ということである。
なぜ?
もちろん、その理由は、国際的に世界中で見られることになるNHKの番組で、日本人のイメージ悪化を狙っているからである。「ディスカウント・ジャパン=日本人の評価を下げる運動」だからである。もちろん、これはフリーメーソン(=シオニスト)の差金した悪知恵である。
問題は、それが事実だったら仕方ないが、それが事実でないから困る。
特に、中園ミホはなぜ我々甲州=山梨の人間を汚く描くのか?
ということであろう。
私は山梨甲府生まれの生粋の甲州人である。
中園ミホにいう。そういう姑息なことはやめておけ。警告する。
この中園ミホが無視したのは、あるいは、知らなかったのは、山梨は温泉のメッカ、また河川のメッカだということである。山梨ほど清流に恵まれた場所はないのである。
つまり、山梨ではただで風呂に入ることが出来た。ただで川で水浴できた。自由に川で顔を洗うことが出来たのである。
山梨には、荒川、油川、笛吹川などたくさんの大きな川がある。だから、武田信玄の時代には、洪水に悩まされたわけである。それを信玄堤によって防波堤を作って以来、川の氾濫がなくなった。
私も田舎の小川の水でいつも顔を洗っている風景を見ていた。私自身、小川で顔を洗ったり、清流の水の飲んだりしたものである。昔は、川で泳ぎの練習をしたのである。
公害で汚れるようになるずっと前の日本であれば、なおさらである。
したがって、甲州の人間が、中園ミホの描いたような、薄汚れた顔で人前に出ることはなかったし、その必要もなかったのである。
つまり、これまた中園ミホは「日本を韓国のように描いた」のである。つまり、左の欄に「きれいな日本」、右の欄に「汚い韓国」をおいて、それを逆さまにしたのである。
この私の主張を見事に証明するものが、最近現れた。以下のものである。
【100年前の日本!】 ロシア人「20世紀初頭に撮影された日本人庶民の生活の様子をご覧下さい」 【画像25枚】同じ頃の韓国はこれ。
(ほか多数)
韓国人「100年前の世界各国の都市を見てみよう」:その勇気は称えるが?
アジア人よ、目を覚ませ!:「握り拳と握手はできない」マハトマ・ガンジーの言葉
(「鐘の音が聞こえてますか」ジョークのような本当の話より)
これを見れば一目瞭然。顔の汚い日本人や汚い格好をしている日本人はどこにもいない。どんなに貧しくとも、日本人は昔から「身綺麗」にしていたのである。河川の発達した日本では、小川や清流や湧き水など、あるいは井戸水をつかって、いつも清潔にできたのである。
なぜなら、私の苗字「井口」は、昔から家に「井戸」があり、ご近所に井戸を使わせていた家なのである。私の母親の実家の農家には、共同の流れっぱなしの湧き水場があった。ここでその近辺の村人は炊事洗濯をしていた。
なぜ井戸を自宅に所有したり、近所の人達と湧き水場で炊事洗濯出来た山梨の人間の顔が汚いのだろうか?そんなことはまったくなかったのである。ましてやクリスチャンだった村岡花子の父親が真っ黒の顔をしていたはずがないのである。
てっ、そんなこた〜〜、ね〜〜ずら。
コピっとやれし!中園ミホさん!
っていうとこですナ。
捏造ミホですナ。
私は、ちょっと前には「やまとなでしこのオウスケのような人」と紹介されていたらしいのだがナア。大変残念ですナ。
by kikidoblog | 2014-05-31 11:28 | 人物