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2012年 08月 17日 ( 2 )

 

「尖閣諸島問題」:ジョセフ・ナイのシナリオが垣間見える!?

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「政治の世界では、何事も偶然に起こるということはない。もし何かが起こったならば、それは前もって、そうなるように謀られていたのだ。」

フランクリン・D・ルーズベルト第32代米国大統領

なぜ反ロスチャイルドなのか(7)-宗教と秘密結社と戦争-より)


みなさん、こんにちは。

竹島問題、尖閣諸島問題と北方領土問題、戦後政治の総決算たる主題が怒濤の如く顕在化してきたようである。
海上保安庁、パワーアップへ―陸上での逮捕権など

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尖閣不法上陸の14人、順次送還 航空機と抗議船で

 沖縄県・尖閣諸島の魚釣島に香港の「保釣行動委員会」の活動家ら14人が上陸するなどした事件で、福岡入国管理局那覇支局は17日午後、強制送還に向けた審査を進め、一部は終了した。不服の申し出はなく、全員が17日から順次帰国する。
 法務省によると、中国のテレビ局関係者ら7人は那覇発香港行き航空機で同日中に出国。船長を含む残りの7人は石垣島まで航空機で移動し、停泊中の抗議船で帰国するとみられる。日本の領海を出るまでは海上保安庁の巡視船が監視する。
 入管は17日、活動家らを事情聴取。帰国方法について在日中国大使館と調整を進めていた。


今の民主党であろうがなかろうが、小選挙区制となり、ほとんどトウシロウのその辺のオヤジやおばさんから、その辺の兄ちゃんや姉ちゃんの類いまで政治家になれる時代とあっては、魑魅魍魎のこの世界政治の世界では通用するはずがない。最先端の科学は解らないは、政治力学は知らないは、日本の本当の歴史も知らないは、何から何まで「これから勉強します」では間に合うはずがないからである。

小選挙区制の何が問題だったかといえば、今では明らかなように、これである。要するに、トウシロウのたまり場、しゃべり場になってしまったのである。政治を語る資格も能力も無い人物たちが、高額の所得を得る為の、一種の「就職先」になってしまったのである。ここに「隙が生まれた」のである。在日朝鮮人韓国人中国人たちにも、政治家として高額給料を得られる仕組みができてしまったのである。

あまり知られていないが、なぜ政府があっちこっちに審議会やら、補佐官やらを同じ人物が兼務するかと言えば、どうやら「役職名」がつくポストにつくと、その数だけ普通の人の年収に匹敵する給料がもらえるかららしい。だから、給料の2重3重取りができる仕組みが公然とできたのである。

それゆえ、福島第一原発事故の時もそうだったように、たくさんの似たような事故調査委員会が誕生したらしい。言わば、「火事場泥棒」である。正確に言えば「火事場税金泥棒」である。

まあ、日本の現在の政治のことをメモすると、ろくなことがないから、どうでもいいのだが、今回の尖閣諸島の問題や竹島問題は、アメリカのエリートたち、それもシオニストNWOの偽ユダヤ人エリートたちの貪欲さから来ているのである。そして、すでに何年も前からその計画は練りに練られて、時期を見て発動されるというような計画的な代物なのである。「知らぬが仏」、「知らぬは日本人ばかりなり」なのである。

そこで、今回の騒動もそしてこれから近々やってくるはずの悲惨な騒動もすべて彼らNWOシオニスト、つまり、通称イルミナティーの連中の研究計画通りにやって来るはずなのである。それをメモしておこう。

最近になってマスゴミも朝鮮系民主党もお騒ぎのようだが、こんなことはすでに3年前には明白であった。2010年に私は以下のものをメモしていた。
「尖閣諸島問題」の”根源”とは?:世界統一政府樹立とアジア人抹殺のはざまでうごめく人々 1
「尖閣諸島問題」の”根源”とは?:世界統一政府樹立とアジア人抹殺のはざまでうごめく人々 2
日中核戦争を画策する人々:没落するD.ロックフェラーの最後っ屁?

この中に引用されているように、この世の中をよく理解できる人たちはずっと前からよく知っていることなのである。

特に注意すべきことは、創価学会や統一教会や世界宗教連合会のようなカルト宗教がこの問題の背後に蠢いているということである。要するに、かつてのオウム真理教を見れば解る通り、宗教(カルト宗教)にとって、人種や国籍は関係ない。人の頭数だけが問題なのである。だから、宗教屋にとってみれば、国々がどのように分断されようが統合されようが、信者がいれば、連中が金を恵んでくれる訳だからどうでもいいのである。

さて、そんなアジア人の欲の皮のつっぱった宗教屋たちをも騙してアジア人の撲滅を目指しているのが、NWOの白人エリート層である。もちろん、その仲間にはあのビル・ゲイツやザッカーバーグも入っている。そういう連中の思想的、戦術的メンターが、かのジョセフ・ナイ

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である。

この悪知恵の切れ者は、ブレジンスキーの影のライターであったとされている。おそらくこのナイ博士の後ろには英王室とロスチャイルド家がついているはずである。なぜなら大英帝国以外の植民地の子の中のユダヤ人だけに奨学金を与える、「ローズ奨学生」として英国に留学しているからである。

このジョセフ・ナイ博士の構想のおおまかなものは以下のものであると言われている。
日本と中国の戦争を画策する者達 2008年04月14日

1、東シナ海、日本海近辺には未開発の石油・天然ガスが眠っており、その総量は世界最大の産油国サウジアラビアを凌駕する分量である。米国は何としてもその東シナ海のエネルギー資源を入手しなければならない。
2、そのチャンスは台湾と中国が軍事衝突を起こした時である。当初、米軍は台湾側に立ち中国と戦闘を開始する。日米安保条約に基づき、日本の自衛隊もその戦闘に参加させる。中国軍は、米・日軍の補給基地である日本の米軍基地、自衛隊基地を「本土攻撃」するであろう。本土を攻撃された日本人は逆上し、本格的な日中戦争が開始される。
3、米軍は戦争が進行するに従い、徐々に戦争から手を引き、日本の自衛隊と中国軍との戦争が中心となるように誘導する
4、日中戦争が激化したところで米国が和平交渉に介入し、東シナ海、日本海でのPKO(平和維持活動)を米軍が中心となって行う。
5、東シナ海と日本海での軍事的・政治的主導権を米国が入手する事で、この地域での資源開発に圧倒的に米国エネルギー産業が開発の優位権を入手する事が出来る。
6、この戦略の前提として、日本の自衛隊が自由に海外で「軍事活動」が出来るような状況を形成しておく事が必要である。

どうだろうか?

自衛隊がペルシャ湾に出征したり、アフリカに行ったりする理由が、明確にここに記載されている。要するに、将来的に日中戦争を起す為である。

偽旗作戦として、台湾と中国で戦争させ、台湾に米軍が自衛隊とともに加勢して、火に油を注ぐ。そして、徐々に米軍が撤退し、残されたアホな自衛隊だけが戦わさせられる。そして、戦後の見事な「反日教育」のおかげで、日本人にたいする尊敬の念も何も無い中国人層によって日中戦争が始まる。そして、おそらく日本のどこかが核爆弾を受ける。その頃、米軍が仲裁に入り、東シナ海の領有権を米中で根こそぎする。

とまあ、こんな感じだろう。

その後、実は、これとまったく同じことが「竹島」周辺で発見された。竹島周辺にはメタンハイドレードが眠っているのである。そんなわけで、日中の尖閣諸島問題とほとんど同じシナリオで、日韓の竹島問題を扱うことができるのである。

だから、おそらくその後、竹島においてもジョセフ・ナイ博士は同じような戦略を練ったはずである。私がまとめておこう。以下のものだろうと思う。
1、日本海の竹島近辺には未開発のメタンハイドレードが眠っており、その総量は世界最大の産油国サウジアラビアを凌駕する分量である。米国は何としてもその日本海のエネルギー資源を入手しなければならない。
2、そのチャンスは韓国と北朝鮮が軍事衝突を起こした時である。当初、米軍は韓国側に立ち北朝鮮と戦闘を開始する。日米安保条約に基づき、日本の自衛隊もその戦闘に参加させる。北朝鮮軍は、米・日軍の補給基地である日本の米軍基地、自衛隊基地を「本土攻撃」するであろう。本土を攻撃された日本人は逆上し、本格的な日朝戦争が開始される。
3、米軍は戦争が進行するに従い、徐々に戦争から手を引き、日本の自衛隊と北朝鮮軍との戦争が中心となるように誘導する
4、日朝戦争が激化したところで米国が和平交渉に介入し、日本海でのPKO(平和維持活動)を米軍が中心となって行う。
5、日本海での軍事的・政治的主導権を米国が入手する事で、この地域での資源開発に圧倒的に米国エネルギー産業が開発の優位権を入手する事が出来る。
6、この戦略の前提として、日本の自衛隊が自由に海外で「軍事活動」が出来るような状況を形成しておく事が必要である。

どうだろうか? このシナリオ通りに極東政治が運んでいることに気づくはずである。これを見ても単なる「陰謀論」だなどとほざくとすれば、そいつはただの馬鹿である。

ジョセフ・ナイ博士はすでにこういう戦略を自国民に公開しているのである。自分が知らないことは存在しない、という考え方は、我々理論物理学者の一部が信じる「人間中心原理」というものとよく似ている。ほとんど同じ精神と言ってよい。こういう人々はよく自分は「懐疑主義者」だというが、たいていは「無知」と「懐疑」を混同するのである。一種の精神病だろうと思う。

さて、そんな連中のことはどうでも良いが、日本は確実にこの流れの中に入っているというのが、今の現実なのである。これを見間違うと、日中戦争が本当に勃発するだろうということである。

そこで大事なことは、今の中国と戦争しても、日本に勝ち目はない、ということである。戦争シミュレーションによれば、中米戦争の場合でも、アメリカはどんな作戦を行ったとしても、アメリカが中国と戦争して勝つ見込みは0%だというのである。だから、アメリカはせいぜい痛み分けに持ち込む他はない。だから、すぐに撤退する。そして漁父の利を得る作戦に出るのである。

貪欲な白人である。勝ち目があるのであれば、必ずあからさまに相手国を分捕りに行くはずであろう。それを行かないということは最初から勝ち目がないことをよく知っているからである。ここを間違えてはいけない。アメリカは資源を分捕りたいのであり、戦争に勝ちたいのではない。日本はそのために利用するだけ利用しようというのが、NWOの思想である。

日本の科学者は大学にいるものは100%御用学者だから、こんな研究も読書も分析もしない。年収1000万円のためには、別に日中戦争で一部の国民が死のうが、犠牲になろうがどうでもいいのである。そこを覚えておきなさい。それが現実なのだ。

福島原発の爆発の時、彼らが何をしたか? 何もしなかったことを覚えているだろう。むしろ原発の東電側を弁護援助したのである。おそらく、日中戦争が起こったとしても、彼ら大学人は政府の弁護をするはずである。きっとそうなるだろうと俺は思うがナ。

まあ、ついでに最後に付け加えておくと、政治の世界では、彼らNWOのシナリオでこれまで失敗したことは一度も無いのである。だから、ジョセフ・ナイのシナリオ通りの展開になる可能性は非常に高いのである。この点を肝に銘じて欲しいところですナ。

  by KiKidoblog | 2012-08-17 18:50 | 支那・共産

「少年よ、大志をいだけ!」の謎:クラーク博士の精神の遍歴

みなさん、こんにちは。

ロンドン五輪も終わり、まだその熱も冷めやらぬうちは、「少年少女よ、金メダルを目指せ」とか、「少年よ、大志を抱け」精神が残っているに違いない。そこで、もう8年ほど昔になるが、私の昔のブログ(Kikidoblog)にメモしたものを再掲しておこう。これは、「少年よ、大志を抱け」といったクラーク博士の言葉が、その後日本国内でどのように伝播していったか? そして我が母校である、甲府南高等学校の「校訓」の「フロンティア・スピリット」にどのように繋がっていったのかという謎をひも解いたものである。以下のものである。
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おまけ:
テキスト版
「少年よ、大志をいだけ!」の謎:クラーク博士の精神の遍歴

今日、私はかのクラーク博士にまつわる非常に興味深いことを発見したのでそれをここに紹介しておこう。

「少年よ、大志をいだけ!」、”ボーイズ・ビー・アンビシャス!”
という北海道大学の前身、札幌農学校におけるウィリアム・S・クラーク博士

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の言葉はあまりに有名である。これが北海道の地の「開拓者精神」の象徴である。

今日たまたま見たテレビ番組「北海道遺産物語」というもので、中村幸代さんの音楽に竹中直人さんのナレーションでこのクラーク博士のお話をしていた。そしてその最後のところで、この「少年よ、大志をいだけ!」の後には実はもっと長いお話がついていたと言う。この番組は再放送だったようだが、以下のHPにさわりは残っている。
(1)「北海道大学 札幌農学校第2農場」
http://www.nttdocomo-h.co.jp/isan/backnumber/datas/12.html

そこで私はこのクラーク博士の言葉は本当にはどのようなものであったのか、インターネットで調べてみた。すると、実はこの言葉は非常に謎めいたものであるということが分ったのだ。

まず、以下のHPに行き当たった。
(2)「アムハースト」
http://www.pockyboston.com/amherst/amherst.html
(3)「楽しみは ならぬ大志で 凛とする」
http://www5a.biglobe.ne.jp/~mbear/Column/Column-123.html
「少年よ,大志を抱け,この老いぼれのように」

これらによると、クラーク博士の言葉、「少年よ、大志を抱け!」には少し尾ひれがついていて、”Boys be ambitious like this old man.”、「少年よ,大志を抱け,この老いぼれのように」であったが、最後の部分が削除されているということである。つまり、「少年よ、大志を抱け!」の後に”like this old man.”が抜け落ちていると言う。これを「この老いぼれのように」と訳すのはかなりどうかと思うが、「この老人のように」というのが抜け落ちたのだろう。すると、「少年よ,大志を抱け,この老人のように」であったということになる。

しかし、また別のHPもあった。
(4)「少年よキリストにあって大志を抱け!」
http://www2.ttcn.ne.jp/~grace/Boys%20be%20ambitious.htm
これによると、抜け落ちた部分はキリスト教に関する部分だと言う。そして元々は”Boys, be ambitious in Christ !”であったと言う。
また
(5)http://www.ok312.com/j2e/si.htm
には、
”Boys, be ambitious (for the attainment of all that a man ought to be)! ”
「少年よ、(人間の本分をなすべく)大志を抱け!」
とある。
実は、クラーク博士の言葉は本当にはどのようなものであったのかということは謎であり、あまり正確には分っていないようである。実に面白い話である。

そこで私はまた調べてみると、以下のHPに行き当たった。
(6)「Boys, be ambitious!が世に出るまで—その歴史的背景—」
http://www2.cubemagic.co.jp/hokudai/elm/elm/41/ooshima.html
これによると、
”He mounted again on horse back and taking rein in one hand, and a whip in the other looked back toward us, and called aloud: “Boys, be ambitious like this old man”. He gave one whip to his horse, and straightly went off.”
という一節があり、クラーク博士が教えた札幌農学校第1期生たちとのお別れの際に、この有名な言葉“Boys, be ambitious like this old man”を述べたとある。

そこでさらに調べると、この札幌農学校第1期生の中に大島正健

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という人物がいたことが分った。そして、その人とクラーク博士の関係を描いた本というものがあるということが分った。この本が
(7)「大島正健 『クラーク先生とその弟子たち』大島正満 大島智夫 補訂 東京 教文館 1993」
というものである。

そこでこの大島正健という人物を調べてみると、
(8)「大島正健集」
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/oosima/
(9)「札幌農学校第1期生大島正健の入学許可辞令(明治9年7月)」
http://www.lib.hokudai.ac.jp/multihokudai/enkaku/material/m_08.html
が見つかり、確かに札幌農学校第1期生であったことが分った。この大島正健の他、一期生、二期生には内村鑑三、
内村鑑三アーカイブより)
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新渡戸稲造、

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広井勇、

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宮部金吾

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らがいた。クリスチャンであったクラーク博士の薫陶を受けたこれらの人々もまた基本的にはクリスチャンであった。

さらに、
(10)「山梨県立甲府中学校教諭(給八級俸)野尻正英(抱影)」
http://fkoktts.hp.infoseek.co.jp/NOJIRI.1.html
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(11)「自我の叫び」
http://fkoktts.hp.infoseek.co.jp/kigi_takatarou.01.html
というHPから、このクラーク博士の教え子であった大島正健氏は、明治33年頃北海道から山梨県甲府市に来て、およそ15年の間旧制甲府中学で校長を努めたことが分った。そして大正3年には離職している。この時代の学生の中に後の総理大臣になった石橋湛山
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(12)http://www.waseda.ac.jp/koho/award/tanzan.html
がいたと言う。この石橋湛山はずっと「少年よ、大志をいだけ!」とクリスチャン思想などを心に刻み付けて、早稲田大学に進み、ジャーナリストになった。そして「積極財政論、反戦反軍思想、小日本主義思想」を基調にした論説で「野に石橋あり!」と言わしめたようである。

ちなみにこの甲府中学は私の父が出た学校でもあり、旧制甲府中学から旧制松本高校(信州大学の前身)に進むのが当時の秀才、英才たちの進路だった。現在この甲府一高
(13)http://www.kai.ed.jp/HSguide/2002/04-kofuichi.pdf)
の校訓というものを見てみると、そこにはこうあった。

「賛天地之化育」
〈天地の化育(自然が万物を作り育てること)を賛(たす)く〉
「苟日新 日日新 又日新」
〈苛(まこと)に日に新たに 日々に新たに 又日に新たなり〉
「Boys Be Ambitious 」

これに、クラーク博士の精神を見る思いがするのは私だけだろうか?「天地から万物を作り育てる」精神こそ、農学校の精神でもある。「日々新たにする」精神こそ、イエスキリストの精神であり、クリスチャンであったクラーク博士の精神である。そして、最後の言葉「Boys Be Ambitious」。これこそかの有名なクラーク博士の言葉そのものである。ただただ私は驚くばかりである。

さて、私は山梨甲府生まれで甲府育ちだが、私が出た甲府南高校の校訓
(14)http://www.kai.ed.jp/nanko/school_overview/
http://www.kofuminami-h.ed.jp/others/tayori/09002.pdf
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というものがあった。それが「開拓者精神(フロンティアスピリット)」であった。私はそこの学生だった当時からなぜ自分の高校の校訓が「開拓者精神」なのか全く理解できなかった。それも山梨はすでにあらゆるところが開拓済みでおよそ人が住める場所には人が住んでいたからである。しかし、これでやっとその理由が分ったのである。つまりこういうことである。

現在、甲府南高は甲府一高とほぼ同レベルのいわゆる進学校だが、山梨には最初は進学校は旧制甲府中学からできた甲府一高しかなかった。だから山梨のインテリのほとんどが旧制甲府中学出身者たちであった。それが新設高校ができはじめた1960年代の1963年に山梨にもう一つの進学校として甲府南高ができた。
(15)http://www.kai.ed.jp/nanko/school_overview/enkaku.htm
実際1957年生まれの私は、そこの第11期生である。その新設の際に甲府一高から多くの先生たちがこの甲府南高校へ赴任したのだろう。そしてその時、校訓として選んだものが、彼らの慣れ親しんだ甲府中学の校訓であった。しかしさすがに全く同じものにすることはできなかったために、その精神だけを受け継いで「開拓者精神」としたのである。

そういうわけで、北海道の地とはまったく異なる山梨甲府という土地柄に生まれ育った私にもクラーク博士の精神は脈々と流れているのである。

最後に、番組ではクラーク博士の言葉をこう引用していた。

”Boys, be ambitious,
not for money,
not for selfish accomplishment,
not for that evanescent thing which men call fame.
Be ambitious for attainment of all that a man ought to be. ”
--William Clark

「少年よ大志を抱け。
金や自らの功績のためではなく、
いわゆる名声と呼ばれるはかない物のためではなく、
人が備えねばならない物を身につけるために、
大志を抱け。」

(16)「R-Quotes」
http://www.susono.com/~rinta/quotes.htm

  by KiKidoblog | 2012-08-17 12:25 | 昔の拙ブログ・記事

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