人気ブログランキング |

2013年 10月 17日 ( 2 )

 

「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。

みなさん、こんにちは。

先日、デスブログの東原亜希の話
デスブログに台風26号の話題が?:仙台終了の予感とかささやかれる!?
をメモしておいたが、やはりデスブログの威力が炸裂したようですナ。

いやはや、伊豆大島では大きな災害に発展してしまったようである。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたします。

このデスブログの「疫病神死神伝説」はすごい。

アンパンマンの柳瀬嵩さんもやはりデスブログに取り上げられていたらしい。
再度デスブログがやらかしたwwwwwww

アンパンマン号がゆく~!

そして
お昼なにしようかな~
ってのんびりしてたら
住谷さんちのあんさんから
よみうりランドいかな~い?


連休中
今日だけが
アンパンマンのショーの日だったの~♪
「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。_e0171614_18303147.png

http://ameblo.jp/higashihara-aki/entry-11043031569.html

これは、桜塚やっくんと同じく2年ほど前のものだったらしいが、すると、簗瀬さんもまた逝ってしまった。
やなせたかしさん死去=「アンパンマン」漫画家、94歳
「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。_e0171614_18323537.jpg

 「アンパンマン」で知られる漫画家・絵本作家のやなせたかし(本名柳瀬嵩=やなせ・たかし)さんが13日午前3時8分、心不全のため東京都内の病院で死去した。94歳だった。東京都生まれ。葬儀は近親者で行った。後日しのぶ会を開く。

 幼少時を高知県で過ごし、1939年東京高等工芸学校(現在の千葉大学工学部)卒。兵役から復員後、高知新聞記者を経て三越宣伝部に勤務し、デザイナーとして活躍。53年、漫画家として独立する一方、放送作家や脚本家、作詞家としても知られた。

 61年に「手のひらを太陽に」を作詞。69年に絵本「やさしいライオン」を刊行した。73年には雑誌「詩とメルヘン」を創刊するとともに、最初の「あんぱんまん」の絵本を出版。88年に日本テレビ系で「それいけ!アンパンマン」のアニメ放送が始まり、子供たちに大人気となった。

 心臓手術を受けるなど引退が心配されたこともあったが、地元の高知で開催されている「まんが甲子園」の審査委員長を務めたり、各地で行われる「アンパンマン展」に出席したりするなど、90歳を超えた最近まで元気に活躍していた。

 作家活動60年を記念して、11月には「やなせたかし大全」の刊行が決まっていた。 (2013/10/15-16:29)
ご冥福をお祈りします。デスブログを何とかして、アンパンマン。

ところで、私が台風26号のことをメモした時に、ついでに付け加えた、気象庁の風雨の図、「解析雨量・降水短時間予報:全国」。
これは実に重要だったということですナ。これである。
「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。_e0171614_18425135.png

デスブログに台風26号の話題が?:仙台終了の予感とかささやかれる!?

我々四国に住む人間は、毎年何度も台風に見舞われる。だから、いま我々が住んでいる場所や家のある場所というのは、結構、風雨に打たれ強い。さもなくば、すでに死んでいる。したがって、意外に災害が少なくてすむ。

ところが、関東の方はあまり台風が行かなかった。だから、結構雨風に弱い地盤の近くや上に住んでいる。それゆえ、本当に暴風雨に見舞われると、ひとたまりもない。

今回の伊豆大島の災害はそういう感じの災害だったにちがいない。だから、防災の遅れとかそういうものではなかっただろうと思う。台風の経験がそうなかったからである。

我々のすむ四国の特に高知や徳島は、1年に三連発とかザラである。だから、常に、台風の軌道や大きさや気圧や風速を気にしている。それゆえ、私もいつもインターネットの気象庁サイトを見て、台風の規模や軌道や雨雲をチェックしている。

今回もずっとチェックしている。だから、私が「関東以北の人たちはくれぐれもご注意を」とメモしたのである。

そのレーダー図を見た限り、私は伊豆大島があるということに気づかなかった。しかし、私がアップした画像は、ちょうどこれからまさに伊豆大島が暴風雨に襲われる直前の状況を映しだしたものだったようである。図中の東京の下、伊豆半島の南の巨大な「黄色い部分」がまさに暴風雨の塊であった。それが、いますぐ伊豆大島の上を通過するという瞬間をとらえていたのである。

もしこういうレーダー画像を伊豆大島や東京都の人たちが見ていれば、もっと早めに注意出来たのかもしれない。

しかし、風もものすごかったから、移動するのも難しかっただろうと思う。

実際、ここ徳島でも暴風雨はすごかったからである。幸いこっちは短時間に抜けたから幸いしたが、それが何時間もくれば、ひとたまりもなかっただろう。

まあ、そういうわけで、今後は気象庁のレーダーサイトの情報をもっと役立たせることだろうと思う。この気象庁レーダー情報は実に正確である。日本が世界に誇れる技術の一つである。

さて、最後に気になるのは、やっぱりデスブログ。例のものにこんなものが。
遊んだ遊んだ

もうね
夜は
こども×2
2秒で寝たよ。。。笑


っていうか
歯ブラシしながら
娘はねてしまった。。。。


今日の集まりは
ミラクルな会だったのよ~


朝の時点では
のんびしりしよう~なんて思ってたから
まずは鯉にエサをあげに。。

「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。_e0171614_1854244.jpg

アンパンマン号がゆく~!



そして
お昼なにしようかな~
ってのんびりしてたら

住谷さんちのあんさんから
よみうりランドいかな~い?

って連絡がきて

「行く~」って即返事をし
急いで支度しまして。
洗い物だってしてなかったけど
連休だもの、
そんなこと忘れて。。。笑

子供ちょうどお昼寝タイムだったので
2人とも行きの車で爆睡~

そして到着寸前
コンビニに入ったら
サエちゃんから全然別件で連絡がきて~

なんとなく
連休の子供たちどうしてる~?
って話から
今日は急遽よみうりランドだよ~
なんて話してたら

今から行く~

なんて即返事なサエちゃん~。


というわけで
フットワーク軽い組が集まる事となりました~!!!
各々は知っているのに
何気にお初な3人。
「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。_e0171614_18563927.jpg

しかもしかも
ミラクルが起きたのが

連休中
今日だけが
アンパンマンのショーの日だったの~♪
(らしい)

「デスブログ」猛威力化!:デスブログを何とかして、アンパンマン。_e0171614_18564318.jpg

3人とも子供が2人いるから
とっても賑やかだったよ~

住谷さんちのむすめちゃんは
まだ小さいから分からないけど
み~んなアンパンマン大好きだったから
子供たちも大喜び~!

みんなすぐに仲良くなっていて
とってもかわいかったよ~


あ~楽しい1日でした!


意外とね~
日にち決めて予定合わせるより
こんな感じのほうが
うまくいくのよね~

よみうりランドって
初めて行ったけど
なんか
小さい子供にやさしいアトラクションで
楽しめたよ~

はぁ~
あんさんサエちゃん
今日はありがとう~!!

また遊ぼうね~



みなさまも~
連休
エンジョイしてね~~~~~♪

わたしは
本日のツケを
今から。。。。。

やっつけるぞ~~~~!!!!!


ばいび~


いや〜〜、「鯉に餌をあげに」???

カープ、死んだか?

いずれにせよ、井上康生、嫁のブログを何とかしろ! アメブロ、これ閉鎖せよ! 薄気味悪い。

どうせ書くなら、デービッド・ロックフェラーとか、ネイサン・ロスチャイルドとか、オバマとか、プーチンとか、菅直人とか、枝野幸男とか、岡田克也とか、鳩山由紀夫とか、小泉純一郎とか、小沢一郎とか、朴槿恵とか、習近平とか、あっち系にしてほしいナ。

くわばら、くわばら、くわばら。



ーーーーーーーーーーーー

  by kikidoblog | 2013-10-17 19:02 | 東原亜希・デスブログ

妄想一発:ブラジルW杯代表は「日本サッカーの時代祭オールスター軍団」にしてみたら?

みなさん、こんにちは。

さて今回はサッカーについての私個人の妄想の話。興味ないだろうから、スルーを。時間の無駄になるだろう。

しかしながら、これは、私が今度のブラジル大会という特殊なワールドカップ大会と日本サッカーという特殊なチームの間の深い歴史や因縁の関係からおのずと感じた、この大会に対する一つのイメージである。

結論から言えば、今度の2014年ブラジルワールドカップは「日本サッカーの「時代祭」」にしたらどうか?というものである。

この大会はあまり勝敗にこだわらず、日本とブラジルとの間のサッカーの歴史を踏まえた、一大サッカー交流イベントの代表というようなチームにするのである。世界中の人に
ブラジルと日本の長年の交流によって、日本のサッカーはこんなに発展しましたよ

と見せるようなチームを組むのである。


ーーーーーーーーーーー
(あ)まず知って欲しい事がある。
それは、ブラジルはサッカーの王国と呼ばれて久しい。なぜなら、これまでのワールドカップの全体会に出場している唯一の国だからである。

しかしながら、今度のワールドカップブラジル大会は、そんな王国においても、これはブラジル開催のワールドカップは前回は1950年の一回しかなかった、ということである。

今度のブラジルのワールドカップ開催は、なんと1950年のブラジル大会以来の64年ぶりの大会だということである。

これを忘れないで欲しい。特に日本サッカー協会のお偉方やJリーグの皆さんたち!

(い)ブラジルと日本のサッカーは長年の縁がある。
私はJリーグ創立時においては、三浦知良選手はあまり好きではなかった。一言で言えば、「夜の帝王」のようになっていたからである。しかし、いまの三浦知良の「ひたむきさ」は大好きである。すでに普通の選手の引退の時期より20年以上長く頑張っている。この努力は報われるべきである。

この三浦カズ選手が現役に入りたての頃、「読売クラブ」が全盛期であった。いまの東京ヴェルディの前身である。

「読売クラブ」は、私がまだ現役のサッカー選手の頃は、日本リーグ2部であった。私の出身高校の甲府南高校サッカー部の監督やコーチが所属し、私の出身の甲府南中学サッカー部の岩田先生が初代監督として始めた「甲府クラブ」(現ヴァンフォーレ甲府)もまた当時の日本リーグ2部であった。この当時は、「京都紫光クラブ」(現京都パープルサンガ)も日本リーグ2部であった。読売クラブ、甲府クラブ、京都紫光クラブはよく戦ったのである。

そんな時期に私の現役時代は重なっていた。だから、大学に入学した直後から阪大大学院時代までよく、「甲府クラブ」に入らないかと誘われたものである。

(すでに遠い記憶の中であまり知られていないだろうが、甲府クラブや京都紫光クラブのような、地方の日本リーグ2部のチームというのは、首都圏のサッカー強豪校出身者が都会の一流企業チームに入らずに、地元の教員になってサッカーの監督やコーチをしていた者達が作ったものである。だから、甲府クラブの選手も地元の中高の教員が主体であり、日体大などのサッカー強豪校からやってきていたのである。そんな監督たちに猛烈に我々はサッカーを仕込まれたのであった。)

私が大学に入った1970年代後半から読売クラブにジョージ与那嶺やセルジオ越後が入り、私が阪大に入った1980年頃になってラモス瑠偉が入ってきた。そして、すぐに読売クラブは日本リーグ1部に上がった。そして、1980年代後半になって、三浦カズが入ってきた。どんどんいい選手が読売クラブに入り、もはや甲府クラブとは力の差が歴然となったのである。

そして、1990年代に入り、ついに三浦カズ全盛期、「Jリーグ誕生」に続いたのである。

三浦カズはサントスでプロサッカー選手になった。ラモス瑠偉は生粋のブラジル人。その前には、ジョージ与那嶺、ネルソン吉村、セルジオ越後など大半が日系ブラジル人選手たちである。

ポイントは、そういう風潮を作ったのが、三浦カズ選手の父親だったということである。三浦カズの父親にはブラジルとのコネがあり、数多くのブラジル人サッカー選手たちを日本のJリーグに送り出したのである。その利権を一手に収めたという噂があり、その当時はそれなりに批判されたらしいが、そういうことより、それほど長い時間にわたって、日本とブラジルにはサッカー交流があるということなのである。

そういうブラジル人サッカー選手たちにとって、三浦知良選手も大事だが、そもそも日本でプロサッカー選手としてのチャンスをもらったという意味で、心底日本人に感謝してくれているのである。

なぜなら、本国ではもっと上手な天才たちがトッププロに居て、大半は欧州に渡る。そんな状況下では中堅レベルの選手はなかなかチャンスがもらえない。そんな時に、三浦カズの父親は、無名だがいい選手たちを日本に送り込んだのであった。ラモス瑠偉しかり、ロペスしかり。

この歴史を忘れてはならない。

(う)今度の大会は、日本サッカーの時代祭のようなものにすべきだ!
そういうわけで、今度の2014年ブラジルワールドカップは、ブラジルにとって64年ぶりの大事な大会。日本にとってもJリーグ以降の戦後初のブラジル開催の大事な大会なのである。

だから、私が「我々はこの日のために生きてきた」。「この日のために汗水流してサッカーを続けてきた」と言ったのである。
ザックジャパン崩壊。「 残念」の一言!:それにしても香川真司のピッチ態度が悪かった!

ザッケローニや本田や長友の「子供時代からの夢」や思惑のために、我々の夢を破壊されてはたまったものではない。日本サッカーの歴史や伝統を潰されてはたまらない。我々は何十年も前からこの日のために生きてきたのである。この日のためにサッカーを汗水たらして続けてきたのである。

長友や本田はいくらホラ吹いて妄想しようが、世界ランク42位前後のチームが本戦優勝できるということはない。仮に抜本的にチームを再編成したとしても、それが優勝できるということは100%現時点ではあり得ない。

ならば、どうすべきか?

一応出場はできるのだから、これまでのブラジルとのサッカー交流を記念したような、かなり特殊なチーム編成で、徹底的にブラジル人やブラジルの日系人たちを「喜ばせる」チーム編成にすべきだろう、というのが私の描く妄想、イメージである。

かつて王様ペレがいた時、ブラジルサッカーの伝道師の役をサントスFCが行った。ボールリフティングやジャグリング、フェイントやトリックプレーの数々は、このブラジルのペレのサントスFCによって欧州や世界中に伝授されたのである。それをクリスチャン・ロナウドやメッシなどのプレーでいま見ているのである。

三浦カズはその「サントスFC」でプロサッカー選手になった初めての日本人選手である。

もちろんブラジル人はそういうことを知っている。つまり、三浦カズが来れば大喜びするのである。
ザッケローニの解任はまだか?2:代表解散しゼロから「日本最強チーム」を再編成すべし!



(え)今度の代表のイメージはこんな感じか?
そんなわけで、今度の代表チームは、これまでのドーハの悲劇の時代やそれ以前の時代からの全選手を集めて「一大日本サッカー時代祭チーム」に編成するのである。例えばこんな感じ。
監督 セルジオ越後(日本リーグ時代代表)
副監督 ジョージ与那嶺(日本リーグ時代代表)
FW コーチ 呂比須ワグナー(フランス出場組代表)
MF コーチ ラモス瑠偉(ドーハの悲劇オフトジャパン組代表)
中田英寿(フランス〜南ア全ジャパン代表組)
DF コーチ 秋田豊(フランス出場組代表)
GKコーチ シジマール(Jリーグ草創期代表)
他。

FW 
三浦知良(ドーハの悲劇組代表)
大久保嘉人(ジーコジャパン代表組)
高原直泰(トルシエジャパン代表組)
佐藤寿人(オシムジャパン代表組)
三都主アレサンド(トルシエジャパン代表組)
宮市亮
前田遼一(ザックジャパン代表組)
柿谷曜一朗(ザックジャパン代表組)
大迫勇也
大前元紀

MF 稲本潤一(トルシエジャパン代表組)
小野伸二(トルシエジャパン代表組)
中村俊輔(ジーコジャパン代表組)
中村憲剛(ジーコジャパン代表組)
遠藤保仁(トルシエジャパン代表組)
阿部勇樹(オシムジャパン代表組)
本田圭佑(南ア岡田ジャパン代表組)
香川真司(ザックジャパン代表組)

DF 
中澤佑二(ジーコジャパン代表組)
田中マルクス闘莉王(ジーコジャパン代表組)
中田浩二(トルシエジャパン代表組)
長友佑都(南ア岡田ジャパン代表組)

GK 川口能活(ジーコジャパン代表組)
楢崎正剛(ジーコジャパン代表組)
川島永嗣(南ア岡田ジャパン代表組)

こんな選手たちの間に若い選手や新人たちを組み込む。言っている意味、わかるよナ?(代表は23人だった。2人多すぎた。だれを落とすべきか?迷うな。)

要するに、「日本の歴代のスター選手チーム、オールスターチーム」を編成するのである。ブラジル人は喜ぶと思うよ。もちろん、Jリーグ以前の選手たちは日本サッカー協会にたくさんいるから、そういう協会のお偉方も含めて、ペレ、ジーコ、フェリペなどなどさまざまなブラジルの元サッカー選手たちも大喜びするはずである。

どうでしょうナア、こんなアイデアは?

まあ、俺個人の妄想だけどナ。意外に強かったりしてネ。




ーーーーーーーーーーーー

  by kikidoblog | 2013-10-17 10:40 | サッカー&スポーツ

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE