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「学ぼう!」日本人監督も:広島の森保監督の「とらぬ狸の皮算用」で負けた!?

モランボン楽団 学ぼう  日本語字幕/HD


みなさん、こんにちは。

いや〜〜昨夜のサンフレッチェ広島対アルゼンチンのリバー・プレート戦は実に残念無念。9割の勝利まで行ったが、上手の手から水が漏れた。最後の最後にGKのミスから痛恨の失点をしてしまった。これである。

ところで、俺は一昨日広島が1−0で勝利を予想したが、昨日の先発は全くの予想外だった。岡田武史いわく「森保監督は冒険した」と表現していたのだが、まったくその通り。だから、逆に1−0で負けたのである。いつもどおりであればナア。
広島vsリバープレート スタメン発表
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[サンフレッチェ広島]
先発
GK 1 林卓人
DF 5 千葉和彦
DF 19 佐々木翔
DF 33 塩谷司
MF 6 青山敏弘
MF 8 森崎和幸
MF 18 柏好文
MF 25 茶島雄介
MF 27 清水航平
FW 9 ドウグラス
FW 22 皆川佑介
控え
GK 13 増田卓也
GK 21 廣永遼太郎
DF 34 高橋壮也
DF 4 水本裕貴
MF 14 ミキッチ
MF 16 山岸智
MF 28 丸谷拓也
MF 37 宮原和也
FW 11 佐藤寿人
FW 29 浅野拓磨
監督
森保一
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[リバープレート]
先発
GK 1 マルセロ・バロベロ
DF 2 ホナタン・マイダナ
DF 3 エデル・バランタ
DF 21 レオネル・バンヒオーニ
DF 25 ガブリエル・メルカド
MF 5 マティアス・クラネビテル
MF 8 カルロス・サンチェス
MF 15 レオナルド・ピスクリチ
MF 23 レオナルド・ポンシオ
FW 7 ロドリゴ・モラ
FW 13 ルーカス・アラリオ
控え
GK 12 アウグスト・バタージャ
GK 26 フリオ・キアリーニ
DF 20 ミルトン・カスコ
DF 24 エマヌエル・マンマナ
DF 6 レアンドロ・ベガ
MF 10 ゴンサロ・マルティネス
MF 16 ニコラス・ベルトロ
MF 18 カミロ・マジャダ
MF 27 ルチョ・ゴンサレス
FW 11 ハビエル・サビオラ
FW 19 タバレ・ビウデス
FW 22 セバスティアン・ドリウッシ
監督
マルセロ・ガジャルド

サンフレッチェ広島 vs. リバープレート戦・残念やぁ・・がbっばったのにぃ、惜しかった・・・残念やぁ


GKミスに関して言えば、こういうプレーは「頭の中で考えながらやったプレー」というやつだ。GKの本能にまかせてボールに反応するという無思考のプレーであればずっとスムーズかつ素早く処理できたはずなのだが、つい「ここはキャッチだ」と頭で考えてしまうと、それにとらわれてしまい実際のプレーの瞬間でヘマをする。相手が予想外のプレーをした場合に身体が反応出来なくなるからだ。残念なプレーだった。

しかしながら、結果はGKの痛恨のミスの失点で負けたのだが、なんといってももっと痛恨のミスは、監督である森保監督の痛恨のミスだろう。

実は今回のような状況が一番むずかしいのである。広島の歴史的敗戦を讃えて、これをメモしておこう。

つまり、準決勝の相手がダントツの世界最高チームで優勝候補のスペインのバルセロナであったとすれば、おそらく広島の森保監督もベストメンバーで最初から行ったはずであろう。なぜなら
メッシとスアレスのバルサには100%勝利がない
と判断できるからだ。

だから、特攻精神、捨て身精神で、佐藤寿人選手も最初から使ったはずなのである。最高のメンバーで大勝負、大一番に賭けた。だから、その次の決勝のことは考えなかったはずなのだ。

ところが、相手がバルセロナよりちょっと格下のアルゼンチンのリバー・プレートだった。あまり日本には馴染みがないチーム。それも29年ぶりの出場。

ということは、
ひょっとしたら勝てるチャンスがある。充分にチャンスがある
と森保監督は考えたに違いない。

ここまでは良い。問題はこの後だろう。

ということは、
ここに勝って決勝へ行けば、バルセロナと戦う。ついでにバルセロナにも勝ちたい
と思うはずである。戦略家の現時点でJリーグ最高の監督である森保監督は多少なりともそう考えたに違いない。

ということは、
ベテランのエース佐藤寿人と浅野は決勝まで温存したい。できれば、皆川とドウグラスで勝ちたい。いや勝てる
と思っただろう。

俺はこれが今回の森保采配だったと思う。

結果的には、この皆川とドウグラスの采配が外れたのである。

皆川はまったくゴールできない。ブラジル人のドウグラスは、ことごとく絶好のチャンスで腰砕け。足に来ていた。

たぶん前半に佐藤とミキッチ先発で後半に浅野とドウグラスに変えるいつもの戦術で行けば、充分に後半の後半に得点する形で勝利出来たに違いない。

要するに、何が言いたいかというと、こういういつもの戦力を落としてなんとかしのいで、決勝に進んでそこで最高のメンバーで勝つ。日本人の監督というのは、しばしばこういうある種の誘惑にハマるのである。

これまで何度も何度も何度も俺は、こういう
「取らぬ狸の皮算用」的な誘惑に負けて結局敗退する
という監督を見てきたのである。つまり、
他の日本人監督の失敗から学ばない
のだ。

確かに準決勝で勝って決勝で世界最高のバルサと戦いたい。この気持ちはわかる。しかしながら、それは準決勝に勝ってからの話である。まずは目の前の相手に勝利すべきである。その相手もいくらバルサより格下とは言え南米チャンピオンである。世界ランクもずっと広島より上である。

サッカーは世界ランク通りの結果に終わるという最も下克上のない競技、ほぼ実力通りのスポーツなのである。その点、我が国の相撲と同じである。大金星はめったに起こらない。

ここ徳島の中高生のサッカーでも監督のこのメンタルはしばしば見る。次は決勝だとか、次は強豪だというような場合にいつもどおりのメンバーでは行かず、細工をしてしまうのである。

なんでいつもどおりでやらないの?
ということがしょっちゅう起こる。結果、惜しくも負ける。

要するに、選手も緊張し平常心を維持するのが難しくなるが、同時にもっと緊張し平常心を失ってしまうのが監督の方なのである。

選手起用でいつもどおりでなくなるということもよく起こる。
あれ〜〜、いつもはあいつを出すのに何で今日はこいつなんだ?
というようなことが起こるのだ。

今回の広島もそんなメンバー交替だった。
何で柏選手を下ろすの?
柏選手は右の絶好のチャンスメーカーだ。絶対に残すべきだった。ところが、持ってない清水を残し、ミキッチと変えてしまった。

ミキッチは最初から出てなんぼの選手。ミキッチも決勝のために温存したに違いない。だが使わざるを得なくなった。だったら最初から使えよということになる。

3人しか交代できないから、どうしても先発の采配ミスをすれば、試合をぶち壊す。

こんな感じで、どうも日本人監督には一種独特の「日本人特有のメンタリティー」が存在するわけである。つまり、
とらぬ狸の皮算用をする傾向
があるのだ。たまにはそれがうまくいく場合もある。しかしそれは国内のように相手のレベルが拮抗している場合である。


ところで、もう一つの監督が学ばねばならない注意点は、外人選手の采配である。

簡単に言えば、
外人には外人のよしみや序列関係が存在している
ということである。

だから、アルゼンチンに対してブラジル人のドウグラスが良いかどうかは考慮に値するのである。今回のこの試合では、まるで「八百長か」というほどひどかった。わざとミスしているようにすら見えた。あるいは、逆にアルゼンチンを意識しすぎてミスの連発だったのかもしれないが、中高生でもしないようなミスをこの世界大会で連発した。

かつて日本代表に選ばれた朝鮮人の李忠成は、その前には韓国代表を目指した。ところが、いつの間にか帰化人となり、今度は日本代表入りした。
え〜〜、韓国人が日本代表?
というわけだ。

法律的には人種差別は好ましく無いとあるが、サッカーをやるのもまた人かヒトモドキである。だから、精神状態も試合に作用する。

李忠成はいい働きをした。だから、日本にとっての最大のライバル韓国戦も先発メンバーとして使われた。

ところが、李忠成はまったく走らなかった。チャンスもことごとくミスショットした。

要するに、ついこの間までいっしょに練習していた韓国選手を相手に手を抜いたのである。日本に勝たせるなという命令が来ていたのかもしれないし、試合中に韓国語でいろいろ言われたかもしれないし、我々日本人にはわからない理由で不調になるのだ。

というわけで、ドウグラスも同じような状態に陥っていた。いつものドウグラスではなかった。センタリングすれば1点でできず、パスすれば1点でシュートして外す。どうみても八百長プレーですナ。


もっとも、ドウグラスはここ徳島のヴォルティスから逆レンタル(格下チームから格上へのレンタル移籍)された選手である。

ドウグラスはここぞの一番でまったく情けないプレーをしたのである。ドウグラスは気分屋で徳島でもまったくいい仕事をしなかった常習犯だよ。

ごめんなさい広島サポーター
としか言いようが無い。

さっさと徳島に戻って阿波踊りでも手伝えよ、ドウグラス。


実力的には充分勝てる試合だった。

皆川という”疫病神”さえいなければ。今回は可哀想にFWの皆川が痛恨の疫病神となってしまった。ちなみに、疫病神とはその試合に限って「ことごとく運に見放された選手」のことを言う。

残念。

いやはや、なんとも後味の悪い惜しい試合でしたヨ。


最後になったが、サッカーは最後には「心がけ」の差。
普段の心がけの良いチームのほうが勝つ
のである。

やっぱり監督が手を抜いたり、変な色気を出したり、変な計算をしたら運もつきにも見放される。そういう良い教訓になった試合である。

いくら良い選手がいても当の監督が何を思ったかそういう選手を出さなければ何のメリットもない。

そろそろ我が国も選手ばかりが欧州に行くのではなく、
本格的に監督コーチも海外で学ばせる必要がある
のではないか?

これまたそういう類のことを考えさせてくれる教訓的な試合であった。


学ぼう!


これですナ。




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  # by Kikidoblog | 2015-12-17 09:35 | サッカー&スポーツ

えっ北朝鮮にディズニーソングがあった?:俺は北朝鮮の「学ぼう」が好き!?

みなさん、こんにちは。

いや〜〜なんとあの北朝鮮でディズニーソングがあった。北朝鮮に見るモランボンのいい歌をメモしておこう。自堕落な国となった韓チャイナや南朝鮮には決してあり得ない。
モランボン楽団  ディズニーメドレー  모란봉악단  디즈니 메들리

モランボン楽団 学ぼう  日本語字幕/HD

モランボン楽団  世界名曲メドレー HD / World Famous Songs. Moranbong band

モランボン楽団  これ見よがしに 日本語字幕

モランボン楽団  我らは愛す(Funk ver.)  日本語字幕


まあ北朝鮮に行った日本人が南朝鮮化した我が国へ帰ってきても、在日韓国人に支配されたナマポももらえず餓死するだけ。どうせ餓死するなら北朝鮮の方が良さそうだ。北で頑張れとしか言いようが無い。我々日本人ですら毎日の生活で四苦八苦しているのだ。

いい目を見ているのは、一部の特権的日本人と偽ユダヤと偽日本人である在日だけ。

まあ、天皇家からして偽天皇家、竹内文書の竹内家すら偽竹内家があるというからナア。

しかし、俺は、北朝鮮の「学ぼう」っていう歌が良いと思うナア。

これこそ、戦前の我が国の精神であり、米軍占領により我が国が確実にアメリカナイズされて日本人精神を失ってしまうと恐れた金策こと畑中理が残そうとしたものである。
祖国を発展させるために学ぼう。時間を無駄にするな

これはどこの国民にも言えることだろうヨ。

が、それを恐れるのは悪魔主義者のメーソンのユダヤやアングロサクソン(隠れユダヤ、昔ユダヤ)だけですナ。


いやはや、世も末ですナ。



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  # by Kikidoblog | 2015-12-16 12:42 | 北朝鮮・高句麗

フレンケルさんあんたもか?:現代数学大統一しても所詮は「数学⊂唯心論」に過ぎず!

みなさん、こんにちは。

以下は私個人に向けた妄想メモである。普通の人には時間の無駄だからスルーを。

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いやはや、最近になって私はどうも世界の数学者の、なんと言ったら良いのかうまくは言えないが、ある種の高慢ちきな自尊心とでもいうのか、そんなものが分かるようになってきた。

そもそも高慢ちきな科学者の代名詞と言えば、理論物理学者だったが、昔は比較的謙遜的だった数学者も昨今は異様に高慢ちきに高揚したのだった。別段変わった進展はないので、これをメモしておこう。

先週の終末に知人からもらったデパート券を使おうと、徳島そごうの紀伊国屋書店へ行ったのだが、私は保江邦夫先生の2番弟子だった治部眞理博士の場の量子論の本
添削形式による場の量子論
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を目指したのだった。残念ながらこの本はなかった。

それでしばらく物理と数学と生物と化学の本棚を見ていたのだが、やはり新書は数学に多い。そこで数学の本棚を見て回って2冊だけ勝って帰って読むことにした。以下のものである。

もちろん、保江邦夫博士のスピリチュアル系の本棚も見て回ったが、特にめぼしいものはなかった。というより、保江博士から謹呈していただいたのですでに読んでしまっていたからであるが。
数学の大統一に挑む
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天上の歌―岡潔の生涯
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いま読み始めたのはエドワード・フレンケルの本である。

実は私はこのフレンケルの名前は知っていた。というのは、ユタ大時代にこの本で自慢されている論文でその名前を見ていたからだ。

なぜなら、ユタ大の物理学部(学科ではない)の真横に数学部(学科ではない)があり、それらの中間に数学の図書館がある。私は数学の図書館の虫であって毎日毎日数学の古い論文を眺めていたのである。

また、数学の有名教授に
ハープ・クレメンス博士
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という人がいた。この数学者はしばしば夏休みに森重文博士を招いて議論していたのだが、一度だけ私も森博士とお会いしたことがあった。そのうち、森博士はフィールズ賞を受賞し、私が帰国後(1990年秋帰国)、クレメンス博士もどうやらユタ大を去ったようである。

私はこのクレメンス博士の講義を取ろうと受講したのだった。が、さすがに途中で自分の研究の方が忙しくなってポシャってしまった。

こんな感じで、私は物理よりも数学の方に親近感を抱いていたものだ。だから、物理セミナーはおろかかかさずに数学セミナーも聞いていた。

そんな中で、非常に若くて元気のいい数学者が来たのだった。確かユタに来る前は、イギリス・ケンブリッジ大の
アティア教授
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の下でPh.D.を取ったという若手だった。もう何十年も前のことだからすっかり名前を忘れてしまった。この若者が専門にしていたのが、「結び目理論」や「ブレイド群」というやつだった。

新しく赴任した若手准教授の研究は毎週のように連続講義があり、私もその講義を聞きに行ったのである。毎度何度聞いてもわからないのだが、それでも面白いから聞きに行ったのである。

そんな中に、フックス理論やフレンケル理論の話が登場した。だから、そういう名前を聞くと、その後で数学の図書館に行って早速その論文だけはコピー。私は物理学部でも有名な「金食い虫」「コピー魔」だった。

一応、ブレイド群とその統計物理学への応用の話は確か1990年のフィールズ賞となった。森重文、V.ジョーンズ、Ed.ウィッテン、ドリンフェルトらが授与されたのだった。

一応こういう人たちの論文はある程度読んでいたから、私も帰国後富士通時代に論文を書いたのだった。まあ、陽の目は見なかったが。

というわけで、あれから30年。

そのフレンケルさんが自伝を書いたわけだ。だから、こりゃ〜〜買って読まねば、となったのだった。

そんなフレンケル博士もまた東欧出身のマンデルブロー博士同様に旧ソ連のユダヤ人だった。

だから、おそらくだから、それ以外の理由はなさそうだが、マンデルブロー博士は出身のユダヤ社会のことはさておいて執拗にフランスの教育のユダヤ人差別に執着した
フラクタリスト――マンデルブロ自伝――
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のだったが、まったく同じくフレンケル博士もまた旧ソ連邦のユダヤ人差別に執着したのだった。

成功者になればなったでその報復をする、それまでの恨みつらみをとことんまで執拗にあげつらねるというスタイルである。

俺はどうもこのユダヤ人スタイルがキムチ悪い。どうも性に合わない。なんとなく、トンスルランドの人間の人格と共通なものを感じるからだ。「恩を仇で返す」というやつだ。(実際、どんなに良い国であろうが、その国の中で最高に恵まれた人生を得られるものはほんの一握り。あとは無駄にに人生を過ごすものだ。俺とて例外ではない。だからといって、日本人はそれを苦にしない。そんなもんだと達観する。)

もっとも、彼らが自分を「ユダヤ人」と呼ぶのは、ここではすでに知られたことだろうが、我々が「偽ユダヤ人」と呼んでいるカテゴリーに入る。つまり、西暦600〜700年頃ウラル地方に存在したハザール帝国(カザール帝国ともいう)の人種が、ロシア正教とイスラム教のサンドウィッチになった時代、逆手にとってユダヤ教徒に改宗し、それ以降「ユダヤ人とはユダヤ教を信じるもの、および母がユダヤ人」とルールを変えることにより誕生した「新生ユダヤ人」のことである。

だから、本当は我々日本人のご先祖さんたちの方が、超古代エジプト、メソポタミヤ、インダス文明に端を発する縄文人の血筋や古代神代文字を残し、古代イスラエルの地で失われた10支族の血筋やカナン文字(カタカナ)を残す生粋の正真正銘のイスラエル人なのだから、何かと違和感を感じるわけである。我々歴史の長い真のイスラエル人の前に(実際に伊勢神宮を持つ)、宗教を信じただけでユダヤ人ぶってもらっても困るという感じですナ。

だが、彼らは日本のことは何も知らないのだから仕方ないといえば仕方ない。まあしょうがない。が、「自分が知らなことは存在しないこと」というのを信じているから、実に大陸的というのか、ちょっと困る。新興国や歴史のない国の民族観を表すのである。

さて、そんなフレンケルさんの自慢の本や、故マンデルブローの自伝を読んでよく分かるのは、現代数学に対する強烈なるまでの信仰である。これはかなりすごいものがある。

ところが、保江邦夫博士や故湯川秀樹博士や故岡潔博士など我が国の理論物理学者や数学者には、現代数学に対してそれほどの執着を持たないものが多い。確率変分学の創始者だったり、素領域理論の現代物理の創始者だったり、純粋な多変数関数論の創始者だったりというように数理物理や理論物理や現代数学の創始者であるわけだが、どうも我が国だけは他国とは異なっているように感じるわけである。

我が国の創始者たちは、必ずしも現代数学がすべてとはまったく考えていないのである。そうは考えていなかった。もちろん、私もそうである。

そこで、これはずっと長らく私は何が違うのかちょこちょこと振り返るように考えてきたのだった。最近になって、やっとその違いがわかりはじめたのである。

結論から言うと、

我が国の偉大な学者は、
数学では目に見えない世界を記述できない
と考えているようなのだ。逆に言えば、
数学は目に見えるものだけを記述する学問にすぎない
ということである。

ブレイド群であろうが、リーマン幾何学であろうが、すべて図示できるものである。計量という概念も目で計れることが前提である。重さは目に見えないがそれを目に見えるようにしたものが測りである。
目に見えないものを目に見えるものに変える。
ひとたび目に見える形にできれば、それは数学にできる。
これが現代数学の思想である。そしてさらに
ひとたび数学にできれば、他の分野にアナロジーが効く。

しかし私個人がいつも疑問に思うことは、つねにそれが可能かどうか、つまり、この世界のあらゆるものに適用できるのかどうか、ということである。

言い換えれば、ひとたび数学に直してしまうと、もはやこの世界の現実では無くなる可能性があるのではなかろうか?という疑問である。本来はどうも計量という概念が効かない物理的存在もあり得る。言い換えれば、時空というものが通じない世界があり得るということである。

この問題に1人だけ完全とチャレンジしたのが岡潔博士だった。
不一不二
の概念である。つまり、1にして同時に2。2にして同時に1なる存在がある。

それが「愛」「情(jou)」だと考えた。

不一不二の世界は計量空間にはならない。だから、現代数学化できない。岡潔博士はそういったのである。


難しい数学の問題が、図示して、それが図式化でき、数学化できれば、素晴らしい。それこそ現代数学の力だ。そうやって数学全体を大統一したい。それが「ラングランズ・プログラム」というものだという。

じゃあ、不一不二の世界はどうするよっていう話になるわけですナ。

にもかからわず、フレンケルさんの本の一番最後がこれまた
「愛の数式を探して」
とあった。

は〜〜???「探して」?

そして、そこには超絶なる複雑怪奇な公式が自慢されていた。探してみると、やはりすでにそれを画像にした人がいた。これである。
フレンケルの「愛の数式」
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フレンケルさん、実はもう「愛の宇宙方程式」は発見されて解けているんですヨ。

ここを読んでいる人には周知の事実だが、保江邦夫博士がすでに「愛の宇宙方程式」を見つけている。それは、
宇宙=愛(The universe = love)
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保江家元の「愛の宇宙方程式」は「宇宙=愛」だった!:愛は宇宙原理だった!?
であった。そしてその解も見つかっていた。
神に近づくには「素領域」と波長を合わせればいい!:唯物論は唯心論の一部だった!

ついに、愛の宇宙方程式が解けました: 神様に溺愛される人の法則
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(私の名前も登場する!)


つまり、この流れで考えると、現代数学は唯物論の一部である。つまり、
現代数学⊂唯物論
ところが、不一不二の世界は「唯心論」の世界である。したがって、
現代数学⊂唯物論⊂唯心論
となる。

というわけで、いくら現代数学が発展してもあるいはいくら現代数学が統一されたとしても、それには大きなハードルがあり、限界がある。そういうことを理解しなければならない。そういうはずなのだが、どうも西洋人というのか、偽ユダヤ人というのか、西洋白人種というのか、あまりそういうことが認識できないらしいのだ。

おそらく、これが岡潔博士がずっと言いたかったのことらしいナア。つまり、西洋人は左脳(論理脳)と前頭葉(意識脳)と側頭葉、海馬(記憶脳)だけが特に発達して、どうも頭頂葉(把握脳、察する脳)の働きが鈍い。個別な詳細はどんどん分析できるが、総体的な把握が困難なのである。

かのマンデルブローを見てもそうだったし、このフレンケルさんを見てもそうだし、ブライアン・グリーンさんを見てもそうだし、スチュアート・カウフマンさんを見てもそうだ。これらのノーベル賞クラス、フィールズ賞クラスでもみな一様に頭頂葉の働きがない。

だから、木を見て森を見ない。それゆえ、ユダヤ人になってフランスの最高級の教育機関で最高の教育を受けたのに、ずっとフランスの文句ばかり垂れている。同様に、旧ソ連のそれなりの教育を受けてかなりいい数学者に育ててもらったのに、ずっと旧ソ連やロシアの文句ばかり垂れている。

だったら、ユダヤ人国家があるんだから、そこで他の民族、例えば、シリア人に高等教育すればどうだ!ということになろう。

ところが、こういう場合は、多民族は「ゴイム」だと言って、何もしない。それどころか爆弾を放り込む。

一方我が国の場合なら、我が国の国民の師弟には、支払い義務のある(さらには利息まである)奨学金しかもらえないが(公務員になれれば別らしいが)、他国の住人の師弟が我が国に留学する場合には、年300万円もの多額の無償の奨学金制度まである。

だから、馬鹿な支那人やら朝鮮人で大学が溢れかえる。

挙げ句の果ては、最近特に馬鹿になった安倍晋三政権の政策に見るように、我が国の若者は社員以上のアルバイト(ブラックバイト)やら非正規社員のために、年がら年中24時間体制で働き詰め。そこに欧米や世界のお馬鹿な若者が「日本大好き〜〜」と日本の反日メディアの放つ「日本紹介日本上げ番組」をYouTubeで見て洗脳されてはやって来る。そして、日本の若者の「いらっしゃいませ〜〜」を聞いて大喜び。

まるで我が国の若者は外人のために働かされている奴隷のようだ。それでも特に文句はたれないヨ、フレンケル。

まあ、身も蓋もない言い方をすれば、実はそういう戦略を練っていたのが、六本木ヒルズや帝国ホテルに居住すると言われている若手ロスチャイルド、ナサニエル・フィリップ・ヴィクター・ジェイムス・ロスチャイルドなんですナア。まったく困った奴だ。
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(7番がそう)
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ザ・イルミナティー劇場:ロスチャイルドvsロックフェラー、どっちもどっち!?


ロスチャイルドもロックフェラーもいずれもユダヤ人系(もちろん、偽ユダヤ人系)である。

まあ、フレンケルさんが「自分の苗字フレンケルはユダヤを示す」と言い、「ヨシフはユダヤ名だから差別された」と言って、旧ソ連のユダヤ人差別をさんざんにこけおどしたが、なんと言ってもそのソ連を作ったのは、
ヨシフ・スターリンだったのでは?
と俺は突っ込みたくなるんですナ。黙っているの?そこんとこ。まことに脳の働きが悪いんちゃうか?

ちなみに、日本にも昔から「ヨシフミ」という名前がある。なんとなくヨシフに似ている気がするが。


いやはや、世も末ですナ。


おまけ:
現代数学者と現代理論物理学者のおそらく90%はアスベルガー症候群らしいヨ。俺もやばいかナ?




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  # by Kikidoblog | 2015-12-16 11:27 | 人物

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